TRIP REPORT

Entries by Naoki Ei, the Director/Designer of CITERA

3月に訪れたスリランカの旅レポート。

羽田空港に向かっている途中、現地コーディネーターから「暴動が起きました、しかし今回通過しない街なのと、政府から渡航についての注意が出ていないので心配ない」という連絡が入る。
心配ないって、心配しないわけないじゃないか。
今回の空路はバンコク経由なのだが、空港に着きチェックインカウンターに行くと、バンコク~スリランカ便の欠航が告げられる。振替便の出発時間は不明とのことで、ますます心配になる。そんな旅の始まり。

バンコクに着くと振替便は8時間も先と分かり、空港でひたすら待つことに。
早朝に着いたためチェックインカウンターも開いておらず、どうすることも出来ずだが、食事、マッサージ、仮眠、仕事など各々なんとか時間をやり過ごす。
11時になりチェックインカウンターが開いたので、嫌われない程度に軽くゴネるとビジネスラウンジチケットを手渡され、空港のレストランよりも味のよいタイカレーにありつけた。

バンコクから3時間ほどでスリランカに着き、コーディネーターの迎えにより車でシーギリヤにあるジェフリー・バワ建築のホテル Heritance Kandalama へ4時間程かけて向かう。
今回の旅の目的はジェフリー・バワ建築を巡ることであり、スリランカ内陸部シーギリヤ地区、都市部コロンボ、そして南部にある海の街ゴール、それぞれにあるバワ建築に触れることだ。


空港から最初に向かうのは内陸部のシーギリヤ地区。
高速道路はなく、ひたすら片側1車線の下道で行くのだが、信号が1つも出て来ない道を、犬、人、自転車、バイク、車、時折牛の全てがマイペースに使っており非常に危険な雰囲気。
皆、容赦なくクラクションを鳴らしながら対向車線にはみ出しては追い越しを繰り返すため、不安気な我々の顔を見たコーディネーターは「全然大丈夫、これ普通ね、危なくないよ~」と言うが、案の定途中事故現場に遭遇。幸いなことに今回の旅では事故に合うことはなかった。

日も落ちすっかり暗くなった頃、ホテル Heritance Kandalama に到着。
山の中なので辺りは暗く、ホテルがどんなところに建つのかは不明。スリランカ料理が並ぶ豪華なビュッフェにもギリギリ間に合いお腹も満たされ、旅の疲れのせいかその日は一瞬でベッドに沈み深い眠りの底へ。


翌朝、騒がしさで目を覚ます。
鳥やサルの鳴き声がサラウンドで部屋中を回っているので早速窓を開けると、爆音とは言わないが、上映中の映画室の扉を開けたような大きな音で何重奏もの生き物の声が飛び込んでくる。
気をつけないとサルも部屋に入ってきてしまうので、開けっ放しは禁止と窓に注意が貼ってあるほどだ。


自然に飲み込まれるように設計されたこのホテルは、草木どころかサルや鳥も含め一体化している。ルールでもあるかのように、人と一定の距離を保ちやつらはそこら中にいる。


朝になってわかったのは、このホテルは湖のほとりに建っており、 森から湖を眺めるサルや鳥たちと同じ目線でいることに気づかされる。


次に向かうのは、スリランカ都市部コロンボにあるバワが事務所として使っていた建物で、現在カフェとして運営されているParadise Road The Gallery Cafe。
途中観光名所のシーギリヤロックに寄りつつ、3時間程かけ街まで向かう。これまでの田舎道とは一変し、街は騒がしく道路も車で溢れ爆発寸前という状態。
その勢いのある感じは想像通りだが、物を売りつけに来たり、物乞いなども全くなく、人々は非常に穏やかである。その他モザイク柄のモスクや、独立記念公園、そしてバワが手がけた池に浮かぶ寺院など見所もある。


そして目的のカフェは非常に上品な雰囲気を持ち、ほの暗い店内は外を隔てず心地よい風が中にまで入り、街の音を会話の邪魔にならない程度に運んでくるあたりも、中心地を感じられ安心した心地良さを思わす。中庭の草木が揺れるのを見ながらセイロンティーを飲み、バワ建築に身を委ね優雅な時を過ごせる。


市街地から海岸沿いにある街ゴールへ向かうのも3時間ほどのドライブ。今度はほとんど車の走っていない高速道路なので安心だ。 向かうホテルJETWING LIGHTHOUSEはどちらかというとリゾートホテルという感じだが、大きな螺旋状の階段を上がると目の前にはインド洋が広がり、レセプションと海が一体となっている。近くにはオランダ統治時代の要塞と旧市街も残り、ホテル自体はその要塞を意識した造りになっているとのこと。確かにダイナミックな造りである。


旧市街は白い建物とオレンジの瓦屋根で統一され、クラシカルでありながら洗練されたモダンな雰囲気さえ感じる。歩いていると今がいつの時代でここが一体どこなのか、分からなくなってくるその不思議さが心地よい。
時折、潮風とともにシナモンやカルダモンといったスパイスの香りがどこからともなく流れてくることで、スリランカにいることを思い出させてくれる。

ジェフリー・バワは若い時にスリランカを出て世界中を旅し、その末に40歳を過ぎてスリランカに戻り建築家となったそうだ。
彼はどういった想いでスリランカに戻り、なぜ建物を残そうと思ったのだろうか?

今回、森、海、街にあるバワ建築を巡ることで分かったことは、バワの視点によって作られた建築には自然と人々との間に隔たりがないということだ。それはスリランカ自体が自然と隔たりを持たないということを表現し、スリランカの人々が自然に住む生き物たち同様、自由に生きていることを意味しているように思う。
そしてなにより、同性愛者でもあり世界中を旅したバワ本人こそ、自由に生きることを強く願っていたのではないだろうか。





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