ラジオをよく聴く、本当によく聴く。
最近はもっぱらAMが多い。
昔と違いFM電波やデータ放送でも聴くことができ、以前のように、あのモノラルの古めかしい”AMサウンド”ではないので、AMを聴いている意識は非常に低い。
AM、FM共通しているのは、ラジオにも「旅」をテーマとした番組が多い。
その内容は、大体がパーソナリティ自身の旅の話や、ゲストの旅の話などを聞くものがほとんど。
極稀に、実際に旅をしている設定で進行しているものがあったりするのだが、さすがにこれは無理がある。
そういった番組は、概ね提供が航空会社のため、そういう設定になるのは仕方がない。
そんな風に旅とラジオの相性がよい理由は、どちらも常に人の興味を引く存在であるということだ。
自分の人生の中でラジオの鳴っている時間が、生活の、いや人生の半分くらいを占めているため、海外に行ってもホテルに着くとテレビよりもラジオのスイッチを入れる。
日本との違いと言えば、海外のラジオは圧倒的に音楽がかかっていることが多い。
ディスクジョッキーが「しゃべるのはやめてとっとと音楽をかけよう」などと言っていることも、わりと多い気がする。
初めて海外で長期生活することになった時、まず用意したのが、どこの国でもその地のラジオを受信できる「世界ラジオ」。
ドラえもんの道具にありそうな、実に昭和っぽい響きで憎めない。
ネット時代の今ではそんなものは必要ないが、このネーミングには何故だか21世紀の今でも傍らにおいておきたい程の愛らしさがある。
だからいつまでたっても捨てられない。
結構物を捨てる方なのにだ。
コンパクトでCDプレイヤーも付いており、世界で使えるSONY製品なのだから、当時(1990年代)の最先端ガジェットであったことは間違いない。
当然国内でも使えるため、当時この「最先端ガジェット」に魅了され購入した人も多いはず。
そんな最先端ガジェットを外国で宿に着くなり電源に繋げ、チューニングを探りながら好みに合いそうな放送を探し、現地放送に身を委ねながら荷解きをするのだから、楽しくないわけがない。
そもそも、ラジオの良さはその「チューニング」という動作にある。
外国で聞き慣れない言語やラジオノイズを聞きながらチューニングをしていると、情報の波の中に放り込まれ、もがいている感じがしてくる。
そして、どこかのエージェントにでもなって盗聴しているかの様な 気分にさえなってくる。
そんな子供じみた想像も許されるのがこの「世界ラジオ」だ。
この世界ラジオをヨーロッパ、アメリカ、南米、インドネシア等に持ち込み酷使したためか、さすがにCDはもう使えないが、ラジオはしっかり受信できる。
ソフトやアプリのアップデートなどとは無縁のためか、いまだにどこに行っても使えるこの世界ラジオは、世紀を跨ぎ21世紀でも受信し続ける、しぶとくも憎めないやつである。
時代を超えて使えるものを創り出していくことこそ、CITERA®にとっても、入れ替わりサイクルの早いこの時代を生き抜く手段なのだと、この世界ラジオを見ていて思うのである。
そんなCITERA®を構成する要素の一部を、ブログという形でこちらに投げていくことを初めました。
https://citera.jp/journal/
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