

ソウルの街を歩いているとどこか欧米的な雰囲気を感じる。 その明確な理由というのがイマイチはっきりしなかったのだが、今回その明確な理由に気づいたのだ。と言っても、本当に大したことではないのだが日本とは明らかに違うのである。それは、通りにあるビルやマンションなどにテラスやベランダというものがないのである。 ビルの面がいわゆる「ツライチ」なことだ。日本でも商業ビルやオフィスビルではそういうものも多くあるが、マンションにはほぼベランダがある。 建築法に詳しくないので知らないが、ベランダは付けなければいけない法律でもあるのだろうか。正直どっちでもいいのだけれど、すぐお隣の国なのにこんなにも街の表情が欧米的に見えた理由は「ベランダ」だったのである。

わかりやすい点を挙げるのなら、車道の通行方向が逆ということや、道路の車線数の多さというのもある。もちろんこれは大きな違いではあるが、西洋かぶれである私の街の景観の好感度を上げるほどのことではない。 まあまあ気持ちを高揚させてはくれるし、欧米的でもあるけれどだからといって憧れるほどでもない。欧米に行った際に感じる「この街に住みたい」という気持ちを想起させる程に至らしめていたのは、通りに面した建物たちの「ツライチ」具合だったのである。

その「ツライチ」に気付き、より建物に着目しながら街を歩いてまた気づいたことがある。換気ダクトを窓から直に出していることだ。1本で出しているところがほとんどではあったが、中には複数のダクトで渋滞している窓なんかもあり目を奪われることもあった。 ちょっと気持ち悪ささえ感じる上、危険さも感じる。何かわからぬ液体が垂れてきたり、ダムの放水のように勢いをつけて放たれたりはしないのだろうか、と。ついその下を歩くのを避けたくなってしまう。 スマホで地図を見ながら、足元や対向の通行人も気にし、さらには頭上のダクトも気にしなければならないのだ。それも複数のダクトが出ているとなれば、何か得体の知れぬ化け物の臓物でも飛び出している様にも思え、ソウルの街をただ歩いているだけなのにロールプレイングゲームさながらの街歩きになってしまうではないか。恐るべし隣国である。

そんな風に緊張感を持ちながら歩いていると自然と腹も減ってくる。 そして向かった先はカンナムにあるカルグクスの名店と名高い「ハンソンカルグクス」。ここは店名にある通りカルグクスがメインでありながら、その他のメニューが秀逸の店というか、どれを食べても専門店ほどのクオリティを誇る名店なのだそうで、もっとも訪れてみたい店であった。超高級ではないが、普通よりも1.5倍ほどお高めであり、来ている客層も町場の店とは違いがある。年齢層も高いし、役職のあるサラリーマンやマダムそして若くして成功した様な身なりの良いカップルといった様子。 初日に茹で豚の洗礼を受け未だ悪夢を見そうなほどなので、ここは茹で牛スユクを柱とし、盛り合わせのジョン(チヂミ)、そしてカルグクスというラインナップに。

焼きと比べて茹で牛肉の味を知らしめるほどに濃厚な味わい。部位もあるのかも知れないが、その牛が育ったであろう長閑な牧草地帯のイメージが湧き立つほどの豊かさを持つ甘み。牛さんありがとうである。見てわかる通りの柔らかさをその甘みと共に口いっぱいに感じる多幸感ではあるが、カンナムというエリアにいるせいか、何年も前に流行ったカンナムスタイルという曲の強烈な残像がフラッシュバックし、この国のそこ知れぬポテンシャルをも感じずにはいられない不思議な昼食タイムであった。 そんなカンナムスタイルにノックアウトされそうになっていると、肝心のカルグクスの登場である。滑らかで優しい旨みを持ったスープに包まれながら啜られる麺は、舌の上を滑りそのまま喉の奥まで流れていってしまいそうなほど。 危うく誤飲し惨事を招くところを寸手で阻止し、硬くも柔らかすぎることもない程よいコシ感をふくよかな小麦の香りと共に楽しむ。実に贅沢な大地の寛容さを楽しめる昼食であった。

牛と小麦で満たした重い腹を抱え次に向かうはイテウォン。ドラマは観ていないが、その街名ばかりが先行して一体どんな街なのかも知らずではあるがかなり山手な雰囲気。

今回は鼻につく洒落た店などは無視し標的をリウム美術館のみに絞る。 渋谷は松濤以上の高級住宅地にドカンと鎮座したウルトラモダーンな美術館。この地の過去の遺産とモダニズムのコントラストが気持ちよく腹の重さも自然と忘れ、数世紀~十世紀以上も前の造形物などをしばし堪能。

日本でも若冲や鳥獣戯画といったもので、古くから「かわいい」と思える描写が存在することは明白であるが、やはりこの地でもそういったものはあったわけで、人である以上そのような表現法というのはいつの時代でも求められていたのかも知れない。 当時は求められるというよりも、作者による止められない沸き起こる泉の様なクリエイションだっただけなのかも知れないが、それによって心癒された者たちがいたこともまた事実であろう。現に、今こうして隣の国から来てそういった気持ちになっている阿呆がここにいるのだから。

何世紀も前に作られたものを多数見て情報量整理に頭を使ったことで、ついさっき腹を満たしたのにもう腹が減りだす。よくよく思えば、感覚的にはついさっきだが時間的には数時間が経ち足も動かしたこともあるのでそりゃ腹も減るさ。

ということで軽食としてベーグルでも入れるとしよう。この地でなぜベーグルが流行っているのかは皆目検討もつかないが、若い男女が溢れる「ロンドンベーグル」を襲撃。日本人からしたら致死量のバターを挟んだベーグルを恐る恐る口に運べばそこはもうパラダイス。バターなんて怖くない。今度からアイスの様にバターを齧ってやろうと思うほどバターを愛してしまうほど大量のバターが合うベーグルであった。

時間軸を無視し、その日の朝にも別のベーグル屋「コキリベーグル」のソンス店にも行っていたのだが、そこでもバターの洗礼は受けていたことを忘れていた。50~100gくらいはあったであろうバターを投入し、機械可動部に塗り込むグリスか!ってくらいの量のおかげで関節の可動域はすこぶる調子は良いのだが、後年錆びつくことは間違いなかろう。

ベーグルとしてはコキリベーグルの質感の方が病みつきになるものであった。帰国日の朝に別店舗に行き、プレーンを買えるだけ買ったほど。

ちょうどその頃のソウルといえば、キ○ガイとも思える行き過ぎたクリエイションでお馴染みのタンバリンズの新店舗オープンで沸き立っていたが、もちろん無視でこちらはいかがわしさが半端ないヨンドゥンポなる街を攻め込んでいたのである。 ヨイド島を越えて位置するそのエリアは、タイムズスクエアーがあるので新しめの洒落たエリアなのかと思っていたが、まさかのいかがわしい飲屋街であった。渋谷円山町+新宿歌舞伎町×昭和の地方都市、という最も美しいとされるオイラーの等式「eiπ+1=0」から最も離れた位置にある美しくない街。いや違うベクトルで考えればある意味美しいのかも……。ということでこの雰囲気、嫌いじゃない。都こんぶの様に噛めば噛むほどに味わい深い街なのであろう。

なかなか古く東大門とはまた違った感じで昔のソウルを引きずっているのではないかと憶測。夜な夜な歩けば容赦なく客引きの餌食に。男の独り歩きだからか片っ端から声がかかる。こちとら酒も飲めないストレートエッジである。 そんな誘いにかかるわけもなく、それとなく乗りそうな雰囲気は出すが決めないという思わせぶりな態度で揶揄い夜の街を徘徊し、ソウル最後の夜を楽しむ。

翌朝ラブホテル街と飲屋街を抜け近くの小規模市場を徘徊しリアルなソウルを垣間見ながら、華やかさの振れ幅が初期の映画ブレードランナーで描かれた未来感に近いことに気づく。 流石に宙を舞う車は走ってないが、あの混沌としたフィクショナルは世界観をこのソウルにて味わえるとは思いもしなかった。ソジュ臭いおっちゃんたちと肩を並べ、ちびまる子ちゃんのお母さんみたいなオモニが運ぶテジクッパが朝から身に染み入るのだ。

以降はその時印象に残って撮りたくなった適当な画像なのですが、どれがどこで何でというのをあまり覚えておらずお目汚し的なものとなります。コロナ以降アメリカもヨーロッパも行ってなかったのですが、その代わりこういったアジアや中米に行ったり国内で近所や遠くをうろうろしたりはしました。関係ありませんが、北陸に初めて行ったのが印象的だったり。 陶芸家ルーシー・リーの展覧会のために行ったのですが、一生手にすることのできないであろう彼女の作品を実際に見ることができたりして2025年も充実した1年になりました。また来年も、どこかでこういった文章を書くこともあるかと思いますが、とりあえずここまで読んでいただいけたことを大変感謝しています。またいつかどこかでお目にかかれたらその時にこの続きのストーリーを綴っていくことでしょう。 それではみなさま、良いお年をお迎えください。Happy Holidays!!

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