大人が身に纏う冬のアウターと言えばウールのコートだろう。襟巻きをし、革の手袋をし、ビシッと。都会のネオンの中、寒風と共に颯爽と歩く。というのは、子供の頃に家か病院の待合室で見た劇画漫画の刷り込みのせいだ。恐らく、1970年代の社会人の冬の姿というのは、そういうものであったのだろう。それともう一つ、ウールのコートというと、マルコムXである。自分にとってのマルコムXのヴィジュアル的インパクトは、実在の人物よりも、スパイク・リーによって1992年に製作された映画「マルコムX」でのデンゼル・ワシントンが演じるマルコムXの姿である。
セルフレームとメタルフレームによるクラブマスタータイプのメガネ越しの、とても強い意志を物語るあの眼差しとスラリと長いコートスタイルに、すっかり心を奪われた。頑張って真似をしようと思ったが、まずクラブマスターのメガネが似合わない。世代的にこのタイプのメガネというと、「ショーケン(萩原健一)のモノマネで使うメガネ」になってしまうのだ。まだ10代にはとても大人びた、というかかなり無理をして背伸びしたスタイルだった。と言いつつ、四十も暮れかけた年齢になった今でも、どうも似合わない。それもいかがなものだろうか……。
メガネは似合わなくとも、ウールのコートは年齢関係なく、この時期であれば誰だって様になるものだ。似合う似合わないは、あまりないように思う。もし抵抗があるのなら、見慣れているか、見慣れていないか、というだけに違いない。確かに、コートは着慣れないとどこか落ち着かないのかもしれない。電車で座るときどうすんだ?とか、裾のなびきが野原を飛び回る蝶々に付き纏われている様だ、とか気になってしまうのもわかる。男なら、気にせず座ればいい!男なら、気にせず踏み潰してしまえばいい!そんな強気の姿勢でいればいい。マルコムXの様に強硬な心で、コートに着られるのではなく、着てやればいい。俺はお前の主人なのだぞ、とコートに言い聞かせてやるのだ。そして、定期的なケアをしてやれば、彼らはクレバーな大型犬の様に従順で頼れる番犬のごとく、あなたを冬の寒さから守ってくれるであろう。
さて、今季のコートは、数シーズン前にPOLARTEC社の防風フリース「Windbloc」であつらえたものから、ウールに載せ替え襟元をウールの重厚感に合うよう少しだけ広めにしてある。ウールとその襟でシックな雰囲気になった分、襟に付けたドローコードでディテールを入れて現代感を演出させている。とは言え、これは見た目のデザイン重視なのではなく、実際に襟を立てた時、首元に引き寄せ風当たりをより防ぐものとして機能する様にしている。もちろん、こんなものは遥か昔からフードやウェスト、裾などにさんざん使われてきた言わば古典芸能の様なものではあるが、こういったスタイルのこういった場所につければ、見慣れたファンクションのため、奇抜なものにも映らずすんなりと受け入れられながらも、どこか新鮮に感じるのである。それでいて使えるものであるのだから「機能的デザイン」を体現したものであるのだ。
そんな風に四の五の言っているのは作り手側の勝手なものであって、使う側からすればどうでもいいことでもある。要するに、このコートは暖かいのか、着やすいのか、格好いいのか悪いのかということ。そしてファーストインプレションで「ピンッ」来るのか来ないのか、それが大事なことだ。それを踏まえて、画像を見て気になれば、一旦手元に取り寄せ実際に袖を通し、鏡の前で裾を靡かせ「ピンッ」と来るのか来ないのか、である。もう一つ言っておきたいのは、以前に作った時は防風フリースだったので入れなかったが、今回は中綿も抱かせウールと中綿のダブルの保温効果を得ることができる仕様となっている。カシミヤを加え滑らかでリッチな風合いを持ったウール素材で高級感もあり、脇の切り替えやウェストのコードアジャスターなども相まり、いつぞやの時代の大人のコートというよりも、洒落た今時のヤングアダルトに合う代物という仕立てでもある。
うかうかしてたらここ数日で季節は進み、これまでの様な薄着で過ごしていると風邪をひきそうなくらいの気温になりだした。まだまだ若い気分でいるのも良いのだが、身体は正直なものでたまに見かける冬でも半袖半ズボンで過ごしている小学生の様にはいかないので、ちゃんと防寒対策をした上で、今年も安心安全に冬を過ごしたいところだ。世間は、コロナだインフルだとまた例のごとく騒ぎ始めているわけで、さまざまな自己対策でこの冬も各自の責任で乗り切らなければいけないわけで、これももう三度目の冬となれば慣れたことではあるが、改めて気を引き締めて今年の冬に挑みたいところである。「勝って兜の緒を絞めよ」。
少々説教くさくて申し訳ないところではありますが、風邪にも疫病にもかかりたくないのは誰しも同じであるので、これは全ての人が「わたくしごと」となるわけで、友人知人と顔を合わせるたびに、マルコムXの様に眼光鋭い「勝って兜の緒を絞めよ」というアイコンタクトによって、何にも負けない強い意志を貫きたいところ。2022年の冬の入り口手前での私の決意表明みたいなものは、このコートを着つつ、この様な具合なのである。